『外道クライマー』について集英社インターナショナル様から回答がありました

先日、那智の滝の岩壁を登った3人のうちの1人、宮城公博氏の著書『外道クライマー』について気になる点があったので、発行所の集英社インターナショナル様に意見を送りました。
 
それに対する回答が本日あり、私が指摘した点については「次の版から訂正させていただきます」とのお言葉を集英社インターナショナル様からいただきました。
 
私は事実誤認の部分を指摘しただけですが、熊野那智大社の氏子さんや那智の滝に思い入れのある方などが読まれた場合にはまた違った思いもあり、著者や編集の方に伝えたいこともあることと思います。
 
『外道クライマー』を読まれた方は、その感想や意見を集英社インターナショナル様に伝えてみてはいかがでしょうか。こちらからメールフォームで送ることができます。

4年前の昨日、熊野本宮大社旧社地にて3つの異なる宗教の祭儀が執り行なわれました

踊念仏

4年前(2012年)の5月27日、熊野本宮大社旧社地の一遍上人神勅名号碑前。

熊野本宮大社の神職さん・巫女さんたちと本山修験宗総本山・聖護院門跡の山伏さんたちが立ち会うなかでの、時宗総本山・清浄光寺(遊行寺)のお坊さんたちによる踊念仏。

私が生きている間にはもうないかもしれない、ほんとうに特別な時間でした。

2012年5月27日、熊野本宮大社旧社地にて神道、仏教、修験道の3つの異なる宗教の祭儀が執り行われました。

神道の熊野本宮大社、仏教の時宗総本山清浄光寺(遊行寺)、修験道の本山修験宗総本山聖護院門跡!

中世の熊野信仰の興隆を支えたのが、修験道であり、仏教の一派である時宗です。

念仏札

そのときに時宗管長からいただいた念仏札、今も大切に持っています。

集英社インターナショナルさんに『外道クライマー』についての意見・感想を送りました

読者の声受付

集英社インターナショナルさんに『外道クライマー』についての意見・感想を送りました。

以下が送った文章です。


熊野地方在住の者です。

宮城公博氏の『外道クライマー』を読んで気になることがありましたので、意見を送らせていただきます。

『外道クライマー』はネットの書店で購入しましたが、カートに入れてから注文を確定するまで本当に買うのかどうか迷いました。

那智の滝の岩壁を登った事件のことを思い返すと、今でも怒りがこみ上げてきます。しかし、地域の人たちの暮らしや信仰に敬意を払わない人たちにどう向き合ったらいいのかを考えなければいけないと思い、購入しました。

熊野地方にかつて多くあった滝や岩や木や森をご神体とするような無社殿神社は、明治時代には原始的な未開な信仰と見なされて、そのほとんどが潰されました。

那智の滝をご神体とする飛瀧神社は、無社殿神社として熊野地方にわずかに残された大切な場所のひとつです。熊野地方を含む和歌山県と三重県では、地域の人たちの暮らしや信仰に敬意を払わない人たちによって、9割方の神社が潰されました。

私が宮城氏たちに対して感じる怒りは、明治時代の神社を破壊された氏子たちの怒りに似たようなものであろうと想像します。もちろん明治時代の氏子たちの怒りのほうがはるかに大きなものであったでしょうが。

『外道クライマー』は面白い本だと思います。読ませる文章ですし、宮城氏は頭のよい優秀な人物であるのでしょう。ネットの書店にあるレビューで評価が高いのも頷けます。

しかしながら犯罪の加害者が犯罪のことを文章にして公表するには被害者への配慮を十分にしていただきたいと思います。

第1章「逮捕!日本一の直瀑・那智の滝」で気になることがとりあえず2点あります。

1「宮司が生涯を捧げてきた那智の滝・地元新宮市の情熱の前では(22頁)」

地元新宮市?

2「私たちが登った日が那智大社の火祭りの日で、それが二〇一一年に紀伊半島を襲った大水害からの復興のシンボル的イベントだったことを事件後に初めて知った。(23頁)」

宮城氏たちが逮捕されたのは熊野那智大社例大祭の扇祭(那智の火祭り)の翌日だったはずでは?
当時の新聞では7月15日に逮捕と報じられていますが、那智の扇祭は7月13〜14日に斎行されます。

この2点は地元の人に読んでもらったらすぐに間違いを指摘してもらえるはずですが、この本の出版に当たって熊野那智大社にこのような本を出版しますと伝えていなかったのでしょうか?

ちょっとしたことかもしれませんが、被害者の立場からするとそれらの言葉に一々いらだちを覚えます。

那智の滝があり、熊野那智大社がある那智勝浦町に触れずに、地元新宮市としたのはどういうつもりなのか。

扇祭の日に登ったとしたのは、そうしたほうがより那智の神様を冒瀆することになって面白いと宮城氏は考えたのだろうか。

こうしたところで被害者への配慮が足らないので、「もとより私たちは神を冒瀆しようなどという意図はなかった(23頁)」と書いていても、地域の暮らしや信仰を傷つけられた被害者の立場からしてみれば、まったく信用できないと思ってしまいます。

今後さらに版を重ねることがあるとしたら明らかな間違いは訂正していただきたいので、よろしくお願いいたします。