新宿熊野ツアー4 東京都庁舎

新宿熊野ツアーで訪れた場所4つ目は、十二社熊野神社(じゅうにそうくまのじんじゃ)の近くにある東京都庁舎。

展望室から中野長者鈴木九郎が開拓した土地を見下ろしました。

写真中央が鈴木九郎創建の十二社熊野神社

写真中央が鈴木九郎開基の成願寺

中野や新宿は、鈴木九郎という熊野にルーツを持つ人物が切り開いた場所なのです。

都庁舎は淀橋浄水場の跡地に立っています。淀橋という地名は神田川にかかる「淀橋」という名の橋に因みますが、その橋のかつての名は「姿見ずの橋」。

中野長者と呼ばれるほどの富豪になった鈴木九郎は、増える財産の保管に困って人夫を雇い、この橋を渡った向こうの人跡まれな場所に財産を埋め隠すようになった。鈴木九郎はその隠し場所を洩らされるのを恐れて、人夫を作業後に斬り殺しては、その死体を隠していた。橋を渡った人夫は原野に消え、二度と戻ってくることはなかった。そこで、その橋を人々は「姿見ずの橋」とも「おもかげ橋」とも呼んで恐れた、という話が伝わります。

「姿見ずの橋」が淀橋と改名されたのは江戸時代になってからのようです。

新宿熊野ツアー3 中野長者鈴木九郎創建、十二社熊野神社

先日開催した新宿熊野ツアーで訪れた場所3つ目は、東京都新宿区西新宿にある十二社熊野神社(じゅうにそうくまのじんじゃ)です。

熊野神社前。新宿中央公園や東京都庁の近くに熊野神社はあります。

室町時代、当時原野であった中野や新宿の地を開拓したのが、熊野神社で祭祀を務めた家柄の血筋を引く鈴木九郎という人物。

鈴木九郎は紀州藤代から移住し、当時は漠然と中野と呼ばれていた原野を切り開き、田畑を耕し馬を育てて成功し、大富豪となりました。

「中野長者」と呼ばれるようになった鈴木九郎は、邸宅から少し離れた所にある森に熊野神を勧請し、熊野神社を創建しました。それが今の新宿の総鎮守である十二社熊野神社です。

新宿熊野ツアー2 中野長者鈴木九郎開基のお寺、成願寺

先日開催した新宿熊野ツアーで訪れた場所2つ目は、東京都中野区本町にある多宝山成願寺。中野長者開基のお寺です。

室町時代、当時原野であった中野や新宿の地を開拓したのが、熊野で祭祀を務めた家柄の血筋を引く鈴木九郎という人物。

鈴木九郎は紀州藤代から移住し、当時は漠然と中野と呼ばれていた原野を切り開き、田畑を耕し馬を育てて成功し、大富豪となりました。

「中野長者」と呼ばれるようになった鈴木九郎は、邸宅から少し離れた所にある森に熊野神を勧請し、熊野神社を創建しました。それが今の新宿の総鎮守である十二社熊野神社(じゅうにそうくまのじんじゃ)です。

鈴木九郎は娘の死をきっかけに出家し、十二社池(じゅうにそういけ)の畔にお堂を建てました。これが成願寺の始まりで、その後、江戸時代に旧九郎邸に移されました。

開基、中野長者鈴木九郎のお墓。

成願寺は十二社熊野神社の別当寺として神社を管理しましたが、明治の神仏分離によって神社と寺院がそれぞれ別々に運営を行うようになりました。

鈴木九郎が中野長者と呼ばれるほどの大富豪となるきっかけとなったのが、当時宋の国で鋳造されていた正式な通貨で日本ではごく珍しくありがたいお金であった大観通宝(たいかんつうほう)でした。

あるときに馬を売って受け取ったお金がすべて大観通宝であったので、それをすべて浅草の観音様に納めたのが、鈴木九郎が富を得るきっかけとなりました。

成願寺の歴史 – 中野長者の寺 多宝山成願寺http://www.nakanojouganji.jp/rekisi.html

「ジャパニーズ・エコロジー 南方熊楠ゆかりの地を歩く」ポスター写真展、大阪府立中央図書館にて本日から開催!

「ジャパニーズ・エコロジー 南方熊楠ゆかりの地を歩く」ポスター写真展、大阪府立中央図書館にて本日6月27日から開催されました!

写真は、生物多様性を普及啓発するために設立された一般社団法人CEPAジャパン代表で、公益社団法人日本写真家協会(JPS)会員の川廷昌弘さんが撮影したもの。私が現地のご案内をしました。

川廷さんが撮影した熊楠ゆかりの場所の写真の上に、私がピックアップした熊楠の言葉を載せたポスターは、熊楠の言葉をより力強く私たちに伝えてくれます。

図書館1階エントランスにて。無料です。お近くの方はぜひご覧ください。

7月14日(土)には午後2時からライティホールにて講座が開催されます。こちらは受講料500円。事前申込制です。

講座には私も登壇いたします! 申込、よろしくお願いたします!

http://www.lighty-hall.com/event/2018/07/event-1511.php

新宿熊野ツアー1 宝仙寺

先日開催した新宿熊野ツアー、楽しかったです。地元の方々にご案内いただき、私も知っていることに関してはお話しました。

東京メトロ丸ノ内線、中野坂上駅の本町方面改札口に13:00集合。そこから新宿まで歩き、17:30から角筈地域センターの会議室で1時間ほど熊野についてミニレクチャー、そのあと飲食店に移動して懇親会という流れでした。

新宿熊野ツアーで訪れた場所は宝仙寺、成願寺、十二社熊野神社、と東京都庁舎。

まず最初に訪れたのが東京都中野区中央にある明王山宝仙寺

明治28年から昭和の初期まで境内に中野町(現在の中野区)の役場が置かれていました。

平安時代後期、寛治年間(1087~94)に源義家(八幡太郎)によって阿佐ヶ谷の地に創建され、その後、室町時代に現在地に遷された、と伝えられます。開基の源義家は源為義の祖父で、源行家(新宮十郎)鳥居禅尼(丹鶴姫)の曽祖父。

このお寺に関してはとくに熊野との関わりはないようですが、中野区の古刹であり、時間的なゆとりもあったので訪れました。

境内に石臼の塚がありましたが、中野は江戸で一番の蕎麦の産地だったのですね。

新宿と熊野の関係についてはこちら。
http://www.mikumano.net/setsuwa/sinjuku.html