伊賀流忍術の始祖は

久しぶりに折り紙で手裏剣を作りました。

伊賀流忍術の始祖は御色多由也(おいろたゆや)という人物だと伝えられます。

この人物はじつは、紀元前3世紀の中国・秦の始皇帝の命で不老不死の仙薬を求めて熊野に上陸した徐福(じょふく)その人、もしくはその従者の1人だと考えられています。

熊野に上陸した徐福一行が薬草を求めて伊賀に行き、そこで大陸の先進技術とともに忍術の基礎を伝えたのが伊賀流忍術の始まりなのだそうです。

熊野では徐福が農耕や漁法、捕鯨、造船、紙すき、焼き物の製法や土木、医薬などの技術などの技術を伝えたとされますが、伊賀では加えて忍術も伝えたとされるのですね。

熊野には徐福一行の上陸地だとされる場所が2ヶ所あります。
三重県熊野市波田須町和歌山県新宮市阿須賀