明日23日は熊野本宮大社旧社地にて一遍上人月例祭

熊野本宮大社鳥居

明日23日は熊野本宮大社旧社地にて午前9時から一遍上人月例祭が執り行なわれます。

熊野本宮大社は、一遍上人の月命日の23日に毎月、一遍上人月例祭を執り行っています。

神社がお坊さんを偲ぶ祭事を行っているのは、一遍上人というお坊さんが熊野本宮大社にとってとても大切な人物だから。

一遍上人は、鎌倉時代末期に起こった浄土教系の新仏教、時衆(後に時宗)の開祖。

一遍上人は本宮に籠って、夢の中で熊野権現から「信不信をえらばず、浄不浄を嫌わず」という教えを授かり、ある種の宗教的な覚醒に到りました。一遍上人自身が「我が法門は熊野権現夢想の口伝なり」と述べていて、私の教えは熊野の神様が夢のなかで伝えてくれた教えである、と語っています。

時衆は全国的に大流行し、時衆の念仏聖たちは熊野の聖なるイメージを広く庶民に伝えてくれました。

3月23日午後4時からはの「高倉下社・音無天神社 二十三夜講」には参列したことはありませんので、どのようなものかわかりませんが、高倉下(たかくらじ)は、神武東征の折りに熊野におり、神武天皇に霊剣布都御魂を献上した人物。
音無天神社は熊野本宮が舞台の「巻絹」という能にも登場する本宮の末社。

第26回南方熊楠賞受賞の中沢新一先生のご著書『縄文聖地巡礼』

縄文聖地巡礼

第26回南方熊楠賞受賞の中沢新一先生のご著書から、熊楠や熊野について語られている文章を改めて確認しています。

2010年発行の『縄文聖地巡礼』。

縄文聖地巡礼

中沢新一氏と坂本龍一氏が田辺を訪れて、南方熊楠顕彰館&南方熊楠邸や、熊楠の自然保護運動の象徴である神島や、熊楠の菩提寺である高山寺をめぐります。

紀伊田辺へ坂本さんと行こうと思ったのは、ぼくにとっても坂本さんにとっても、南方熊楠という人が大きな存在であり続けているからです。坂本さんのアルバム『音楽図鑑』(1984年)の背後にあるのは、あきらかに南方熊楠の存在だったし、ぼく自身は『森のバロック』(1992年)という本を書いて熊楠の心の世界を解き明かそうとしましたが、熊楠については繰り返し何度でも考える必要があると思っています。
(坂本龍一・中沢新一『縄文聖地巡礼』木楽舎、84頁)

縄文聖地巡礼縄文聖地巡礼

「名取ノ老女」の復活の日が近づいてきました

梛の押し葉

明治以降廃曲となった名取熊野三山が舞台の能「名取ノ老女」。その復活の日が近づいてきました。

国立能楽堂が震災復興と鎮魂の祈りを込めて取り組む「復興と文化」のシリーズ第4弾。3月25、26日、東京・国立能楽堂で「名取ノ老女」が初上演されます!

そして、来年秋には宮城県名取市の名取市文化会館でも上演を計画!
http://www.asahi.com/articles/ASJ2H4QGBJ2HUNHB00H.html

名取熊野三山は東北地方における熊野信仰布教の拠点です。

熊野本宮社

熊野新宮社

熊野那智神社

「名取ノ老女」では梛の葉が重要なアイテムとして登場します。
上の写真は、私が作って販売している梛の押し葉。

梛の押し葉(10枚セット):み熊野ねっとYahoo!店

梛の押し葉(2枚セット):み熊野ねっとYahoo!店

南方熊楠の英語で書かれた手紙

kumagusu

南方熊楠の英語で書かれた手紙の一部。

As for the Monkey-God of Itoda, I must say that I was perfectly stunned with despair on my return from the tour to find the whole grove, that formerly added much to the sacredness of this shrine, entirely disappeared — the preservation of the many hundred years old Chinese Camphhor-tree being quite out of the question. The scenery has been totally destroyed. This sort of Vandalism, which is practiced of late years daily in this country, would seem to result not before long in the disastrous ruin of the patriotic as well as the aesthetic sense of the Japanese.
(1909年2月19日付グリエルマ・リスター宛書簡、山本幸憲編『南方熊楠・リスター往復書簡』南方熊楠邸保存顕彰会、24頁)

訳すとこんな感じです。

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糸田の猿神に関しては、すべての木々(以前これらの木々がこの神社の神聖さを深めていました)が完全に姿を消した(樹齢何百年のタブノキの保護どころの騒ぎではなく)ことを見つけてからの帰路に私は絶望で茫然自失したと言わなければなりません。
風景は全く破壊されました。
この種の野蛮な行為(この国では近年日常的に行われています)は、ほどなく日本人の愛国的な感覚や美的な感覚の惨たんたる破滅という結果をもたらすように思われます。

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明治時代に行われたことを思うと、明治維新を経ずに日本が近代化することができたとしたら、日本は今よりももっと豊かな美しい国になることができたのでは、と思わされます。