紀伊の国の音無川の水上に♪

ささやき橋

音無川に架かる「ささやき橋」。

以下、南方熊楠の民俗学における唯一の弟子、雑賀貞次郎の著書『南紀熊野の説話』に収められた「音無川、ささやき橋」より。

熊野の本宮は、あたりの山を音無ノ山、流るる川を音無川、村を昔は音無ノ里という。共に古歌によまれたものが多く、本宮の旧社家に音無氏あり、例の「紀伊の国」の「音無川の水上に……」の唄から、今も音無川は名高くその川に架けた私語橋とともに名所となっている。

続きはこちら。
音無川、ささやき橋:雑賀貞次郎『南紀熊野の説話』

「例の『紀伊の国』の『音無川の水上に……』の唄」は、幕末から明治にかけて全国的に流行した端唄(はうた。技巧の少ない短い俗謡)。
端唄「紀伊の国」

Youtubeで聴くことができます。

昭和05年(1930年)普及盤 ニットーレコード 端唄 定価五十銭
唄唱:作榮

こちらは最近のもの。

『紀伊国名所図会』を購入しました♪

紀伊国名所図会

『紀伊国名所図会』を購入しました♪

やっぱり手元にあったほうが便利なので。

紀伊国名所図会 (版本地誌大系)
紀伊国名所図会 (版本地誌大系)

先日、南紀熊野観光塾で泊まった 南紀月の瀬温泉 ぼたん荘さんのある月野瀬については『紀伊国名所図会』には以下のように記されています(私の現代語訳)。

古座川の流れに月影が映る絶景にあこがれて、ここに杖を曳く詩歌俳道に遊ぶ風流人もあるのであろう。月の瀬の名が起こったのは全くこれに基づくか。

熊野路や 禊ぎの川の清ければ 月もこの瀬を尋ねてぞ住む

いい歌です。

『紀伊続風土記』の月野瀬村はこちら(私による現代語訳)

第26回南方熊楠賞受賞の中沢新一先生のご著書「アースダイバー」

アースダイバー

第26回南方熊楠賞受賞の中沢新一先生のご著書「アースダイバー」。

ジオパークなんて言葉を知らなかったときに読みましたが、地質や地形に関する知識に、その土地の上で築き上げられていった人間の生活、文化、歴史などを絡めて物語化して提供する方法はジオガイドさんの参考になりそうです。

このご著書では東京にアースダイビングしていて、熊野信仰が関わる新宿の起源伝説についても触れられています。

南方熊楠賞受賞を機に、熊野にもアースダイビングしていただけたらなあ。

『熊野アースダイバー』と題されたご著書が生まれることを切に願っています。

中沢新一『アースダイバー』の読後感想

アースダイバー
アースダイバー

野長瀬忠男や南方熊楠らが守った野中の一方杉

継桜王子跡

野長瀬忠男や南方熊楠らが守った野中の一方杉。

野長瀬忠男は近野村近露(現・和歌山県田辺市中辺路町近露)の出身で、「トピー工業株式会社」の創業者の一人。トピー工業株式会社は鉄鋼メーカーで、現在、自動車用のホイールで高い国内シェアを誇っています。

野長瀬忠男の弟が日本画家として知られる野長瀬晩花(本名は弘男)。
『ウルトラQ』や『ウルトラマン』『ウルトラセブン』の監督として知られる野長瀬三摩地は晩花の子であり、野長瀬忠男にとっては甥に当たります。

以下、明治44年10月15日付『牟婁新報』に掲載された野長瀬忠男の「神社合祀跡の神木濫伐禁止の急務(下)」より引用。

※ ※ ※

然るに我国民自らその神社を破壊し神木を乱伐し尽そうとするのは如何にも愚な行いではあるまいか私は切に望む、前に述べた近露や野中の旧神社のような由緒あり歴史ある古い神社跡及神木等はお宮様のある無しに拘らず、国宝として大切に保存して置きたい、

かの幾百歳であるか、年齢の推測も出来ぬような大樹、後で取返しの出来ぬその土地、その国の紀念物である所の老木古杉をたった千や二千の端金に代えて、伐倒してしまうのは村民としてまた帝国臣民として如何にも愚の極であると思う、かくの如き愚行を敢えてしては、我等の子孫や後世に対しても重々相済まぬ。当局の諸氏もこれに関係する町村の人民諸君も篤と御反省あらん事を切望する、

※  ※  ※

明治の末期、野長瀬忠男は近露や野中の神社(跡)が国宝級の価値がある場所であることを確信していました。

その確信の正しさは後に熊野古道が世界遺産になり、そしてまた去年10月に継桜王子跡が「南方曼陀羅の風景地」のひとつとして国の名勝に指定されたことで証明されました。

継桜王子跡