第26回南方熊楠賞受賞の中沢新一先生のご著書『縄文聖地巡礼』

縄文聖地巡礼

第26回南方熊楠賞受賞の中沢新一先生のご著書から、熊楠や熊野について語られている文章を改めて確認しています。

2010年発行の『縄文聖地巡礼』。

縄文聖地巡礼

中沢新一氏と坂本龍一氏が田辺を訪れて、南方熊楠顕彰館&南方熊楠邸や、熊楠の自然保護運動の象徴である神島や、熊楠の菩提寺である高山寺をめぐります。

紀伊田辺へ坂本さんと行こうと思ったのは、ぼくにとっても坂本さんにとっても、南方熊楠という人が大きな存在であり続けているからです。坂本さんのアルバム『音楽図鑑』(1984年)の背後にあるのは、あきらかに南方熊楠の存在だったし、ぼく自身は『森のバロック』(1992年)という本を書いて熊楠の心の世界を解き明かそうとしましたが、熊楠については繰り返し何度でも考える必要があると思っています。
(坂本龍一・中沢新一『縄文聖地巡礼』木楽舎、84頁)

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「名取ノ老女」の復活の日が近づいてきました

梛の押し葉

明治以降廃曲となった名取熊野三山が舞台の能「名取ノ老女」。その復活の日が近づいてきました。

国立能楽堂が震災復興と鎮魂の祈りを込めて取り組む「復興と文化」のシリーズ第4弾。3月25、26日、東京・国立能楽堂で「名取ノ老女」が初上演されます!

そして、来年秋には宮城県名取市の名取市文化会館でも上演を計画!
http://www.asahi.com/articles/ASJ2H4QGBJ2HUNHB00H.html

名取熊野三山は東北地方における熊野信仰布教の拠点です。

熊野本宮社

熊野新宮社

熊野那智神社

「名取ノ老女」では梛の葉が重要なアイテムとして登場します。
上の写真は、私が作って販売している梛の押し葉。

梛の押し葉(10枚セット):み熊野ねっとYahoo!店

梛の押し葉(2枚セット):み熊野ねっとYahoo!店

南方熊楠の英語で書かれた手紙

kumagusu

南方熊楠の英語で書かれた手紙の一部。

As for the Monkey-God of Itoda, I must say that I was perfectly stunned with despair on my return from the tour to find the whole grove, that formerly added much to the sacredness of this shrine, entirely disappeared — the preservation of the many hundred years old Chinese Camphhor-tree being quite out of the question. The scenery has been totally destroyed. This sort of Vandalism, which is practiced of late years daily in this country, would seem to result not before long in the disastrous ruin of the patriotic as well as the aesthetic sense of the Japanese.
(1909年2月19日付グリエルマ・リスター宛書簡、山本幸憲編『南方熊楠・リスター往復書簡』南方熊楠邸保存顕彰会、24頁)

訳すとこんな感じです。

※ ※ ※ ※ ※ ※

糸田の猿神に関しては、すべての木々(以前これらの木々がこの神社の神聖さを深めていました)が完全に姿を消した(樹齢何百年のタブノキの保護どころの騒ぎではなく)ことを見つけてからの帰路に私は絶望で茫然自失したと言わなければなりません。
風景は全く破壊されました。
この種の野蛮な行為(この国では近年日常的に行われています)は、ほどなく日本人の愛国的な感覚や美的な感覚の惨たんたる破滅という結果をもたらすように思われます。

※ ※ ※ ※ ※ ※

明治時代に行われたことを思うと、明治維新を経ずに日本が近代化することができたとしたら、日本は今よりももっと豊かな美しい国になることができたのでは、と思わされます。

第26回南方熊楠賞受賞の中沢新一先生のご著書『純粋な自然の贈与』

純粋な自然の贈与

第26回南方熊楠賞受賞の中沢新一先生のご著書から、熊楠や熊野について語られている文章を改めて確認しています。

1996年発行の『純粋な自然の贈与』には「すばらしい日本捕鯨」という文章が収められています。

「すばらしい日本捕鯨」では、太地の捕鯨について語られます。

純粋な自然の贈与

その思想の飛躍は、熊野の太地でおこった。せっかく発達したまま、無用のものとなりつつあった海の戦争技術は、捕鯨の技として、新しく生まれ変わったのだ。
(中沢新一『純粋な自然の贈与』せりか書房、43頁)

 

日本で発達した「勇魚」捕りの技の優美さは、ここから発生している。日本の漁師たちは、大きな鯨をしとめるためには、より大きな銛が必要であるとか、大きな銛を打ち込むための火器を利用した新しい武器が必要だ、などという欧米捕鯨的ながさつな技術思考に、頼ることがなかったのである。
(中沢新一『純粋な自然の贈与』せりか書房、45頁)

文庫化しています。

純粋な自然の贈与 (講談社学術文庫)
純粋な自然の贈与 (講談社学術文庫)

太地の捕鯨についての『紀伊続風土記』での解説はこちら。
鯨漁(太地村):紀伊続風土記(現代語訳)