西村伊作設計の旧チャップマン邸を見学

旧チャップマン邸

先日、初めて旧チャップマン邸を訪れました。
西村伊作(にしむら いさく)が友人のアメリカ人宣教師チャップマンのために設計し、1926年(大正15年)に建設した木造洋館。

西村伊作は新宮市名誉市民。すごい人です。
個性尊重・男女平等の自由主義的な教育を実践した文化学院の創立者、初代校長。
文化学院は1921年(大正10年)に東京駿河台に創立。戦時中も自由主義的な教育を続けたため西村は拘禁され、学院は閉鎖されました。戦後、再興。多くの芸術家、作家、役者等々を輩出。2018年(平成30年)3月に閉校。

旧チャップマン邸
旧チャップマン邸
旧チャップマン邸
旧チャップマン邸

なんでレールが3本あるの?

JR新宮駅近くの三線軌条

今まで気にもしていなかったのですが、JR新宮駅から三重県のほうに向かう線路はレールが3本ある箇所ガードあるのですね。

どうも脱線防止のためらしいです。写真のいちばん左側のが脱線防止ガードのようです。

地元の人でしたら知っていることでしょうが、昨日の新宮のまち歩きで「なんで?」と話題になりました。

秦の始皇帝に仕えた方士・徐福の墓

徐福の墓 徐福公園
徐福の墓 徐福公園

昨日の和歌山大学南紀熊野サテライトの学部開放授業の新宮の町歩きで訪れた場所。

徐福公園。江戸時代に建てられた徐福の墓を中心に整備された公園です。

徐福は、紀元前3世紀の中国・秦の始皇帝に仕えた方士(神仙思想の行者)。始皇帝の命により、東方海上に不老不死の仙薬を求めて三千人の少年少女とさまざまな分野の技術者を引き連れて船出し、この熊野に上陸したと伝えられています。

熊野では、農耕、漁法、捕鯨、造船、紙すき、焼き物、土木、医薬などの新技術はすべて徐福から伝えられたものだとされてきました。徐福伝説 in 熊野

句碑
句碑 徐福公園

木の実植ゑ 徐福はこゝに 棲みつきし(山不鳴)

句碑の横に植えられた木は天台烏薬(てんだいうやく)。