ターミナル島の日系人

‪ 日本時間1941年(昭和16年)12月8日未明、ハワイ時間12月7日)、日本海軍により真珠湾攻撃が行われました。

当時、米国カリフォルニア州ターミナル島には日系人が約3000人暮らしていました。太地などの熊野地方の漁村出身者が多く、男性は漁業、女性は缶詰工場で働きました。マグロの缶詰「チキンオブザシー」は熊野出身の女性たちが作っていました。

日米開戦により彼らはスパイ容疑で逮捕され、あるいは強制収容所に入れられました。‪

和歌山県は海外への移民が多かった県。地域の移民の歴史を学ぶことは、今後日本が多文化共生社会を築いていくうえで必要な取り組みとなることと思います。‬

第26回南方熊楠賞受賞の中沢新一先生のご著書『純粋な自然の贈与』

純粋な自然の贈与

第26回南方熊楠賞受賞の中沢新一先生のご著書から、熊楠や熊野について語られている文章を改めて確認しています。

1996年発行の『純粋な自然の贈与』には「すばらしい日本捕鯨」という文章が収められています。

「すばらしい日本捕鯨」では、太地の捕鯨について語られます。

純粋な自然の贈与

その思想の飛躍は、熊野の太地でおこった。せっかく発達したまま、無用のものとなりつつあった海の戦争技術は、捕鯨の技として、新しく生まれ変わったのだ。
(中沢新一『純粋な自然の贈与』せりか書房、43頁)

 

日本で発達した「勇魚」捕りの技の優美さは、ここから発生している。日本の漁師たちは、大きな鯨をしとめるためには、より大きな銛が必要であるとか、大きな銛を打ち込むための火器を利用した新しい武器が必要だ、などという欧米捕鯨的ながさつな技術思考に、頼ることがなかったのである。
(中沢新一『純粋な自然の贈与』せりか書房、45頁)

文庫化しています。

純粋な自然の贈与 (講談社学術文庫)
純粋な自然の贈与 (講談社学術文庫)

太地の捕鯨についての『紀伊続風土記』での解説はこちら。
鯨漁(太地村):紀伊続風土記(現代語訳)