夜明けには1000羽の烏と現じて日本国をお守りになり

山本殖生先生のご著書『熊野 八咫烏』のなかで奥三河の花祭の史料が紹介されています(269頁)。愛知県東栄町小林の大屋地家文書の寛文8年(1668年)3月の「御崎祭文」。

その現代語訳に取り組みましたが、途中からわからなくなりました。

(上略)熊野権現へ申し上げたい。熊野権現は三国一の総持門(密教)と承っております。宵には9尺の熊と現じて鬼の田国をお守りになり、暁には8尺の虎と現じて仏性国をお守りになり、夜明けには1000羽の烏と現じて日本国をお守りになり、熊野権現の蘇民の子孫と申す者、痛難久、神九字を普羅ら瀬給しと申せども、天照大神の牛王1000枚、熊野権現の牛王1000枚、富士浅間の牛王1000枚、3000枚の牛王を申し下ろし、御手の指を喰い切り、身の血をあやめて、正八幡と若宮と起請文にお立ちになって、熊野権現の牛王は、蘇民子孫と申す者には痛難久当定事と致さないつもりならば、津嶋の沖と中荒原1000町、田1000町、沖も1000町、合わせて3000町の沖や御崎の位所に参じ馳せようとのお約束でございます。起請文の罰の当らぬ先に、速やかにお立ちください。喼々に敬いて申し上げます。
時に寛文8年申3月中旬
遠州気賀(現・静岡県浜松市北区細江町気賀) 武兵衛がこれを書く

途中からわからなくなりましたが、熊野権現の神威を説いていることは伝わってきます。宵には熊となり、暁には虎となり、夜明けには1000羽の烏となって日本国をお守りになる、と。

本祭文は、軍神、先導神であり、神の荒御霊を示す御崎神の追放過程を通して、熊野権現の威力を申し述べた祭文という。
(山本殖生『熊野 八咫烏』原書房、270頁)

とのことです。

今年12月8日(土)、熊野本宮大社旧社地大斎原にて熊野花祭を行います!
その歴史的な瞬間にぜひ立ち会ってください。

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