神仏習合をモチーフにした熊野グッズ

那智の御正体

『那智経塚—その発掘と出土品—』(熊野那智大社発行)の表紙。

那智経塚から出土した、熊野那智大社の主神・熊野夫須美大神の御正体(みしょうたい)。円形の板に本地仏の千手観音の像が貼りつけられています。

円形の板(神体)に仏像(仏体)を貼りつけて、神仏一体として礼拝できるようにしたものです。

熊野の神仏習合をモチーフにした商品があったらいいなあ、と思います。

熊野の神様の本地仏のカッコいいグッズ。熊野が神仏習合で栄えた霊場であったことを伝えられる商品があったら、熊野好きな人には喜んでいただけるんじゃないかなあ。

私が作っている梛の葉グッズは、じつは神仏習合を伝えられる商品でもあるのですが、「1枚の梛の木の葉っぱに熊野の神様は宿るとされたのだ」ということをいちばんに伝えたいので、神仏習合の部分については今はあえて触れずに販売しています。

熊野十二所権現のうちの「一万十万」には一万の眷属・十万の金剛童子が祀られます。

梛の葉は、そのうちの金剛童子の変化した姿だとされます。金剛童子は仏法の守護神。仏教や仏教徒を守護する神様です。

那智の扇祭り、主役は火ではなく扇神輿です

那智の扇祭り

7月14日に執り行なわれる熊野那智大社例大祭「那智の扇祭り」本祭。

このお祭りは、12柱の熊野の神々が1年に1度、現在鎮座する場所からもともと鎮座していた那智の滝へ里帰りしてリフレッシュし、また現在の鎮座地に戻る神事です。

熊野十二所の神々の神霊は、那智の滝の姿を模したとされる高さ6mの12体の扇神輿(おうぎみこし)に移されて滝前へと運ばれ、 大松明が浄めながら迎えます。

一時期「那智の火祭り」と呼ばれていた時期がありましたが、お祭りの主役は火ではなく扇神輿です。

写真は平成25年に妻が撮影したもの。

那智の扇祭り
http://www.mikumano.net/meguri/natinohima.html

明日7/13から那智の扇祭り!

那智の扇祭り宵宮祭

明日7/13から熊野那智大社例大祭、那智の扇祭り
7/13が宵宮祭、7/14が本祭。

写真は去年の宵宮祭での那智の田楽の奉納。

那智の田楽

那智の田楽はユネスコの無形文化遺産。
世界の無形文化遺産となるほどの価値のある伝統芸能も、明治時代には政府の神仏分離政策により廃絶。

幸い50年後に復興することができましたが、世界の無形文化遺産となるほどの価値のあるものがあやうく失われるところであったことに愕然とします。

明治維新を経ずに近代化を果たすことができたとしたら日本はどんなに文化的に豊かな国であったろうかと夢想します。

那智の田楽

那智の田楽

『外道クライマー』第1章を読んで、気になること2点

外道クライマー

宮城公博氏の『外道クライマー』、第1章「逮捕!日本一の直瀑・那智の滝」だけをとりあえず読みました。

紀伊半島豪雨災害後初めての那智の扇祭の翌日に那智の滝の岩壁を登った3人のうちの1人が書いた本。

読ませる文章ですし、面白いです。amazonなどのレビューで評価が高いのも頷けます。

しかしながら犯罪の加害者が犯罪のことを文章にして公表するには被害者への配慮を十分にしていただきたいと思います。

気になることがとりあえず2点あります。

宮司が生涯を捧げてきた那智の滝・地元新宮市の情熱の前では(22頁)

地元新宮市?

私たちが登った日が那智大社の火祭りの日で、それが二〇一一年に紀伊半島を襲った大水害からの復興のシンボル的イベントだったことを事件後に初めて知った。(23頁)

宮城氏たちが逮捕されたのは熊野那智大社例大祭の扇祭(那智の火祭り)の翌日だったはずでは?
当時の新聞では7月15日に逮捕と報じられていますが、那智の扇祭は7月14日に斎行されます。

この2点なんて地元の人に読んでもらったらすぐに間違いを指摘してもらえるはずですが、この本の出版に当たって熊野那智大社にこのような本を出版しますと伝えていなかったのでしょうか?

ちょっとしたことかもしれませんが、被害者の立場からするとそれらの言葉に一々いらだちを覚えます。

那智の滝があり、熊野那智大社がある那智勝浦町に触れずに地元新宮市としたのはどういうことなのか。

扇祭の日に登ったとしたのは、そうしたほうがより那智の神様を冒瀆することになって面白いと宮城氏は考えたのだろうか。

こうしたところで被害者への配慮が足らないので、「もとより私たちは神を冒瀆しようなどという意図はなかった(23頁)」と書いていても、地域の暮らしや信仰を傷つけられた被害者の立場からしてみれば、まったく信用できないと思ってしまいます。

今後さらに版を重ねることがあるとしたら明らかな間違いは訂正してもらいたいと思うので、発行所の集英社インターナショナルに意見を送るつもりでいますが、『外道クライマー』を読んで他に何か気になる点がありましたら教えてください。

熊野那智大社の氏子さんが読んだらもっと他に気になる点が出てくるかもしれませんし、熊野本宮大社の氏子である私よりも那智大社の氏子さんが意見を送ったほうがより効果があるかもしれませんが。

紀伊半島豪雨災害後初めての那智の扇祭の翌日に那智の滝を登った人が書いた本

外道クライマー

注文していた宮城公博氏の『外道クライマー』が届きました。

紀伊半島豪雨災害後初めての那智の扇祭の翌日に那智の滝の岩壁を登った3人のうちの1人が書いた本。

カートに入れてから注文を確定するまで本当に買うのかどうか迷いました。この人にお金を払うのが嫌だなと思って。

地域の人達の暮らしや信仰に敬意を払わない人達にどう向き合ったらいいのか。

日本人だけでなく外国人のなかにもそういう人たちはいるだろうし、考えなければいけないことなのだろうなと。

どうやって伝えていったらいいのか。

思い返すと、今でも怒りがこみ上げてくるけれど。

滝や岩や木や森をご神体とするような無社殿神社は明治時代には原始的な未開な信仰と見なされて、地域の人達の暮らしや信仰に敬意を払わない人達によってその多くが潰されました。あるいは神社として残すために社殿を建てなければなりませんでした。

明治時代の神社合祀に対する氏子たちの怒りは、私が外道クライマーに対して感じる怒りよりもはるかにずっとずっと大きなものであったことでしょう。