熊野本宮大社について熊楠は

熊野本宮大社

今から100年ほど前の1908年11月23日、新嘗祭の日に南方熊楠熊野本宮大社を訪れました。熊楠は本宮について次のように記しています。

しかるに、在来の社殿、音無川の小島に在せしが、去る二十二年の大水に諸神体、神宝、古文書とともにことごとく流失し、只今は従来の地と全く異なる地に立ちあり。万事万物新しき物のみで、露軍より分捕の大砲など社前に並べあるも、これは器械で製造し得べく、また、ことにより外国人の悪感を買うの具とも成りぬべし。
(「神社合祀に関する意見(原稿)」白井光太郎宛書簡、明治45年2月9日付『全集』7巻)
http://www.minakatella.net/letters/gosiiken4.html

当時、熊野本宮大社の社殿の前にはロシア軍から分捕った大砲が並べてありました。
それを熊楠は、外国人が本宮を訪れたときに悪感情を抱く元となるであろうと指摘しています。

熊楠は今から100年ほど前にすでに、外国人旅行者が熊野を訪れたときのことを考えていたのです。

写真は明治22年の大水害で遷座する以前の熊野本宮大社。

来年出す予定の熊野本のための写真撮影

ホコジマさん

11月3日から5日まで3日間かけて、南方熊楠にゆかりのある場所を写真家の川廷昌弘さんと一緒にめぐって写真を撮っていただきました。

来年出す予定の本『南方熊楠とめぐる熊野の旅(仮タイトル)』に掲載するための写真です。

10月にも3日間かけてめぐって素晴らしい写真を撮っていただきましたが、今回も素晴らしい写真が撮れたものと期待しております。

今回めぐったのは、南方熊楠顕彰館南方熊楠邸日吉神竜神山ホコジマさん熊野本宮大社旧社地継桜王子跡滝尻王子跡須佐神社

写真はホコジマさん。
ホコジマさんは熊楠の研究者でも訪れた方は少ない場所だと思います。
宗教人類学者の植島啓司先生がご著書『日本の聖地ベスト100』で第24位にした聖地です。
もと、岩をご神体とした無社殿神社。ご神体とした岩は終戦前後の大地震で崩落して今はないのですが。