小栗判官の物語とSDGs

中世の口承文芸「説経」の最大の長編「小栗判官」は、常陸国の武士・小栗判官が相模国(現在の神奈川県)で毒殺されるも閻魔大王の計らいで亡骸のような姿で地上に戻されて熊野まで行き、熊野・湯の峰の湯で回復する物語です。

その人気は熊野への街道が小栗街道と呼ばれるようになるほどでした。「小栗判官」は「平家物語」と並んで熊野信仰にとって重要な物語です。

小栗判官の物語は現在でも舞台で演じられたりしていますが、それはその物語が今の世にも必要とされているからだと思います。

地上に戻された小栗判官は餓鬼阿弥と呼ばれ、その姿は当時「餓鬼病み」と言われたハンセン病の患者がモデルだと考えられます。

ハンセン病患者は国の強制隔離政策によって明治末期1907年(明治40年)から平成初期1996年(平成8年)までの90年にわたって差別され続けてきました。国が差別を助長し、患者だけでなくその家族も差別に苦しめられました。

ハンセン病患者への差別の責任を国が認めたのが平成の中頃2001年(平成13年)でした。そして患者だけでなくその家族への差別の責任を国が認めたのが一昨年2019年(令和元年)でした。

明治以降平成までのハンセン病患者とその家族への差別を助長し続けてきた近代日本の歴史を知ると、小栗判官の物語は今も重要性を失っていないように思います。

差別をするな。これは小栗判官の物語が今に伝えるメッセージのひとつです。

弱き人は助けなければならない。これもまた「小栗判官」が伝えるメッセージのひとつです。

小栗判官は目が見えない、耳も聞こえない、口もきけない、歩けもしない体で地上に戻されました。そのような体の小栗が熊野まで来ることができたのは熊野街道沿いの人々や熊野を詣でる人々の助けがあったからです。

弱き人は助けなければならないという思いが途切れることなく相模国から熊野まで繋がったから小栗は熊野まで来れたのです。

2015年の国連サミットで採択された持続可能な開発目標、SDGs、人類が存続するために世界が2030年までに達成すべき17のゴールのうち10番目のゴールは「人や国の不平等をなくそう」です。

差別をするな。弱き人は助けなければならない。
これらのシンプルなメッセージを発する物語は格差の拡大が進む現在、より重要度を増しているのではないか、と思います。

SDGsの3番目のゴールは「すべての人に健康と福祉を」。 16番目のゴールは「平和と公正をすべての人に」。

SDGsの基本理念は「誰一人取り残さない」です。

誰一人取り残ささず、すべての人に豊かで幸せな未来をもたらすことがSDGsの目指すところであり、小栗判官の物語が伝えるメッセージはSDGsの基本理念に合致するものであろうと思います。

小栗判官 現代語訳