投票日が近づいてきました

和歌山県田辺市の市長選と市議選が18日に告示され、投票日が近づいてきました。

市長選候補者の公開討論はYouTubeで見ることができますが、市議選候補者はどんなことを考えているのかわからない人ばかり。

コロナ禍の選挙なのだから候補者に関する情報をもっとネットで簡単に得られるようにしてほしかったと思います。

YouTubeで幾人かの市議選候補者の動画を見ましたが、私が見た中では、自分の考えをしっかりと伝えているのは中岸けんたさんと笠松美奈(かさまつ みな)さんくらいでした。

今回の定数20の市議選に対して候補者は28人。そのうち女性の候補者は4人。女性の議員はもっともっと増えてほしいと思います。

地方では今後ますます若い女性が激減します。若い女性が暮らせない地域はいずれ滅びます。

地域を存続させるためには若い女性が豊かさや幸せを実感できる社会を地域で実現させることが必要です。

地域の未来のためには議会は少なくとも50%くらいは女性議員であるべきだろうと思います。

実際のところは、日本は男女平等ランキングで世界156か国中120位と男女格差の大きい国なので、女性議員が議会の70〜80%を占めるくらいになったほうがよいのかもしれませんが。

熊野本宮大社の主祭神がスサノオとされたのはいつから?

神社のご祭神は時代により変わったり、付け加えられたりするものですが、熊野本宮大社の主祭神・家津御子大神(ケツミコノオオカミ)がスサノオノミコトとされたのはいつからなのでしょうか。

江戸時代中期には家津御子大神は国常立尊(クニノトコタチノミコト)だとされていますので、本宮の主祭神がスサノオとされたのはたぶん江戸時代後期だろうとなんとなく思っていますが、実際のところわかりません。

国常立尊は『日本書紀』においては天地開闢とともに出現しました。イザナミやイザナギよりも前に出現した、最初の、根源的な神さまです。

平安時代末から鎌倉時代に成立したと見られる熊野修験の根本経典ともいうべき『大峰縁起』では、家都御子大神の前世はインドの国王である慈悲大顕王(じひだいけんおう)で、熊野速玉大神はその王子、熊野夫須美大神は王女であるとされます。ここでは速玉大神と夫須美大神は家都御子大神の子どもです。

また熊野の神さまの前世を語る室町時代の物語『熊野の本地』では家都御子大神は喜見上人という僧で、熊野速玉大神は古代インドの摩訶陀国の善財王(ぜんざいおう)であり、熊野夫須美大神はその妃、若一王子が王子とされます。熊野速玉大神と熊野夫須美大神は夫婦で、家都御子大神は2人の師のような立場にあります。

家都御子大神に記紀神話に登場する神さまを当てはめるとき、イザナギやイザナミよりも先に生まれた最初の神さま・国常立尊こそが家都御子大神には相応しいと考えられたのではないかと思われます。

惣建図 熊野本宮大社蔵(和歌山県立博物館『世界遺産登録記念特別展 熊野本宮大社と熊野古道』170頁)

熊野本宮大社蔵「惣建図 」は明治14年(1881年)に作成された熊野本宮大社の図。

この図の境内の右上隅のほうをクローズアップすると、2つの建物があり、その右手の建物には「須戔嗚社」と名前が付されています。

主祭神がスサノオであればスサノオをお祀りする神社を境内に別に設けてお祀りする必要はないように思いますが、もしかしたら江戸時代末期や明治初期にもまだスサノオが主祭神にはなっていなかったのかもしれません。

家津御子大神はスサノオの別名であるとの説は江戸時代末期成立の紀伊国の地誌『紀伊続風土記』に記されていますが。

よくわかりません。

熊野三山の主神について

今年2021年の熊野本宮大社例大祭・本宮祭で授かった挑花

今年2021年の熊野本宮大社例大祭・本宮祭で授かった挑花(ちょうばな)。

本宮祭では挑花(ちょうばな)と呼ばれる菊の造花を豊穣の母神・熊野夫須美大神(くまのふすみのおおかみ)に奉ります。

挑の字には「掲げる」「担ぐ」などの意味があり、15日の渡御祭では挑花を台に飾りつけ肩に担いで掲げて渡御します。

挑花台

例年であれば挑花は御田祭の後に行われる餅まきで赤い餅を拾った参列者に赤い餅と引き換えで授けられます。今年は餅まきがなく、例年とは異なる形で参列者に授けられました。

挑花

この花を授かれば、1年災難なく過ごせ豊作であると伝えられます。

コロナ禍が続きますが、災難なく過ごせますように。