奥三河の花祭と渋沢敬三

熊野信仰が成立に関わる神事芸能、奥三河の花祭。
奥三河の花祭に魅了されて通う者を「花狂い」と呼びますが、その1人に渋沢敬三がいました。

渋沢敬三は日本銀行総裁や大蔵大臣などを務めた人物。民俗学者でもあり、南方熊楠没後の顕彰事業も行いました。

昭和4年(1929年)の正月、渋沢敬三は初めて奥三河を訪れて花祭を見学しました。
昭和5年、正月に見学。さらに4月13日には東京三田綱町の自邸で東京で初めての花祭の公演を行いました。
昭和6年、正月に見学。
昭和8年、正月に見学。
昭和9年、正月に見学。
昭和10年、正月に見学。
昭和24年、正月に見学。これが最後の奥三河訪問となりました。
鈴木正崇「澁澤民間学」の生成 -澁澤敬三と奥三河-」を参考)

上の動画は愛知県東栄町奈根中在家(なかんぜき)の花祭の模様。
渋沢敬三が自邸での花祭公演のために招いたのが中在家地区の人々でした。

今年12月8日、熊野本宮大社旧社地で花祭を公演してくださるのは愛知県東栄町月の月花祭保存会のみなさま。

熊野から奥三河に伝わった湯立神事が数百年の時を経て、今年12月8日、熊野に里帰りします。その歴史的な瞬間にぜひ立ち会ってください。詳しくは↓

花祭熊野公演チラシの印刷用のPDFデータを公開しています。
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できるだけ多くの方々に来ていただきたいので、ご協力よろしくお願い申し上げます。

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