終戦記念日

本日8月15日は終戦記念日。日本の降伏が国民に公表された日。

「然れども朕は時運の趨(おもむ)く所、堪え難きを堪え、忍び難きを忍び、以て万世の為に太平を開かんと欲す」
昭和20年(1945年)8月15日正午に日本の降伏を伝えた玉音放送の一節です。

「堪え難きを堪え、忍び難きを忍び」の文言は禅宗始祖の達磨大師の言葉ですが、それを玉音放送に用いたのは、戦争終結に向けて尽力する鈴木貫太郎首相を熊野・湯の峰(和歌山県田辺市本宮町湯の峰)出身の禅僧・山本玄峰がその文言を用いて励ましたことによるものと思われます。

昭和20年(1945年)3月25日、山本玄峰は鈴木貫太郎と会談し、日本を守るために一刻も早く無条件降伏することを進言したといわれます。

もし4月に日本が降伏していたら、横浜大空襲も台北大空襲も静岡大空襲もなく、沖縄戦での被害も小さくて済み、広島や長崎に原爆投下されることもありませんでした。

戦争はどう終わらせるのかが大事ですが、「一億玉砕」や「一億総特攻」をスローガンとした当時の戦争指導者は終わらせ方について真剣に考えていなかったのでしょう。

上の写真は湯の峰にある玄峰塔。

南方熊楠が提供した資料がアメリカ連邦議会図書館で永久保存

南方熊楠が提供した資料一式がアメリカで永久保存されていることが、本日の南方熊楠顕彰館での座談会「熊楠の好物を味わう」のなかで松居竜五先生(2017年に『南方熊楠一複眼の学問構想』で第15回角川財団学芸賞を受賞)から報告されました!

保存されている場所はワシントンにある世界最大の図書館、アメリカ連邦議会図書館!

熊楠からアメリカ農務省のスウィングル氏に贈られた絵巻物『山の神物語』と、その詞書きの写し、魚の写生や標本。その一式がアメリカ連邦議会図書館で永久保存されているのだそうです!

すごい!

しかも、それが民俗学と生物学を行き来した熊楠らしい一式であるのもすごい!

この絵巻物はもともと題がなく、熊楠は仮に『山の神物語』と題をつけましたが、それは以下のような物語です。

狼形の山神オコゼ魚を恋い、ついにこれを娶るを、章魚(たこ)大いに憤り、その駕を奪わんとせしも、オコゼ遁れて、ついに狼の妻となる譚(ものがたり)にて、文章ほぼ室町季世の御伽草子に類せり。
「山神オコゼ魚を好むということ」『南方熊楠全集2』平凡社、251頁)

資料のなかにある熊楠の筆による魚の写生は、オコゼではなく、海に棲むミノカサゴと、川に棲むアユカケの2種。熊野ではこの2種がオコゼと呼ばれていたのかもしれません。

『本朝食鑑』のカジカ魚、『大和本草』の川オコゼも、『水族志』にこれと同物としある。『南方随筆』二四九頁〔「山神オコゼ魚を好むということ」〕に出た「むかし人あり、十津川の奥白谷の深林で、材木十万も伐りしも、水乏しくて筏出すあたわず。よって河下なる土小屋の神社に鳥居(現存)を献じ、生きたるオコゼを捧げ祈りければ、翌朝水おおく出でて、その鳥居を浸し、件の谷よりここまで、筏陸続として下り、細民生利を得ることこれ多し。その人これをみて大いに歓び、径八寸ある南天の大木にのり、流れに任せて之(ゆ)く所を知らず」という咄のオコゼは、海産の物を活きながらここまで運ぶはとても叶わず。たぶん、この川オコゼすなわちアイカケであったろう。学名コックス・ボルルックスで、海魚コチ科に近いカジカ科のものだ。
(「ドンコの類魚方言に関する藪君の疑問に答う」『南方熊楠全集4』平凡社、417-418頁)

松居竜五先生の著書『南方熊楠一複眼の学問構想』
(第15回角川財団学芸賞受賞)